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東京高等裁判所 昭和61年(う)1353号 判決

主文

原判決中被告人A及び同甲観光開発有限会社に関する部分を破棄する。

被告人Aを原判示第一の事実につき懲役八月及び罰金二〇万円に、同第二及び第三の各事実につき懲役一年及び罰金二〇万円に、被告人甲観光開発有限会社を罰金二〇万円にそれぞれ処する。

被告人Aにおいて、右各罰金を完納することができないときは、金二五〇〇円を一日に換算した期間、同被告入を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は、これを二分し、その一を被告人Aと相被告人有限会社乙物産との、他の一を被告人Aと被告人甲観光有限会社との各連帯負担とする。

被告人有限会社乙物産の本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、前弁護人源光信、同末川吉勝共同作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官小林永和作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、いずれもここに引用する。

第一控訴趣意に対する判断

一控訴趣意第一点(事実誤認等の主張)について

論旨は、要するに、原判決は、個室付浴場の経営、不動産賃貸等を目的とする被告人有限会社乙物産及び被告人甲観光開発有限会社の各代表取締役として両会社の業務全般を統括していた被告人Aは、各会社の業務に関し、①被告人有限会社乙物産が有限会社丙観光開発から賃借した原判示第一の建物(以下「エアポート建物」という。)を昭和五七年六月一七日ころBに対し、②被告人有限会社乙物産所有の原判示第二の建物(以下「異人館建物」という。)を同五九年五月上旬ころCに対し、③被告人甲観光開発有限会社が有限会社丙観光開発から賃借した原判示第三の建物(以下「歌麿建物」という。)を前同日ころ右Cに対し、右B及びCの両名が右建物内の浴場で稼働する女性に売春を行う場所として提供することを業とすることの情を知りながらそれぞれ転貸又は賃貸し、もつて、売春を行う場所を提供することを業とする者にこれに必要な建物を提供したとの各事実を認定したが、被告人は、右転貸又は賃貸当時、右B及びCの両名が、右各建物を売春を行う場所として提供することを業とすることの情を知らなかつたものであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

しかし、原判決の挙示する各関係証拠を総合すれば、原判示各事実は、所論知情の点をも含め、優にこれを肯認するに足りるのであつて、その他、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、原判決の証拠の取捨、推理判断の過程に誤りがあるものとは認められない。

すなわち、被告人Aの従前の事業上の経歴、前科及びその内容、エアポート建物、異人館建物及び歌麿建物の構造及びこれらを取得し、個室付浴場を経営して来た経緯、前記B及びCの従来の営業上の地位並びに右両名が本件各建物を転借又は賃借するに至つた経緯、その他原判決挙示の関係証拠によつて認められる諸般の事情を総合すれば、被告人Aが、各被告会社の業務に関し、前記転貸又は賃貸をなすに際し、前記B及びCの両名において、前記各建物を売春を行う場所として提供することを業とすることの情を知つていたものと認めるに充分であつて、仮りに所論のとおり、右各建物の転貸料又は賃貸料が不当に高額でなく、適正な範囲内のものであり、かつ、被告人Aが、前記B及びCの両名に対し、営業上の事故を起こさないよう指示していた事跡が窺われるとしても、これらの事情のあることを以てしては、前示認定を覆えすに由ないところといわなければならない。

また、所論は、被告人Aが右知情の点を自白している和歌山東警察署及び高知南警察署における司法警察員に対する各供述調書の記載は、同被告人が、取調官の強要により、自己及び前記B、Cの早期釈放を得るため心ならずもした供述を録取したものであつて、任意性を欠き、証拠能力を有しないと主張するが、右各供述調書は第一審において被告人らの証拠とすることの同意の下に取り調べられたものであるのみならず、その供述内容を他の関係証拠、ことに任意性に争いのない同被告人の検察官に対する各供述調書の記載と対比検討してみても、その任意性に疑いを差し挿むべき事情は見出せない。原審及び当審における同被告人の各供述中所論に沿う部分は、これと対比して措信するを得ない。

以上のとおり、事実誤認等をいう論旨はいずれも理由がない。

二控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて原判決の量刑の当否を審査するに、本件各犯行の罪質、動機、態様、犯行の対価として取得した金額、被告人A及び各被告会社の前科、処罰歴、ことに、被告人Aは、昭和五六年一一月二四日大阪地方裁判所において売春防止法違反の罪により懲役一年六月及び罰金三〇万円、懲役刑につき三年間執行猶予の判決を受け(同年一二月九日確定)、更に、同五九年六月三日横浜地方裁判所において法人税違反の罪により懲役一年、四年間執行猶予、保護観察の判決を受けている(同月一八日確定、原判示確定裁判に当たる前科)にもかかわらず、右各執行猶予の期間中に本件各犯行に及んだものであること、その他諸般の事情を総合すると、被告人Aが各被告会社の役員及び代表取締役を辞任していること、同被告人の健康状態、その他有利に斟酌し得る諸事情を考慮しても、原判決の被告人A及び各被告会社に対する各科刑はいずれも相当と認められ、これが重過ぎて不当であるということはできない。論旨はいずれも理由がない。

第二職権調査による判断

一訴因、罰条の変更手続を経ない違法について

職権を以て原審の訴訟手続を調査するに、被告人Aに対する昭和六〇年六月一九日付起訴状に記載された公訴事実は、「被告人は、Cが

第一  昭和五九年五月上旬ころから同六〇年五月二〇日までの間、高知市△町△△番△△号所在の個室付浴場「浮世風呂歌麿」において同店の営業として、ソープガール(売春婦)と売春契約を結び、お豆ことD、数名のソープガールが右歌麿において、不特定の男客を相手方として売春するに際し、その客室を貸与して売春を行なう場所を提供することを業とするものであることの情を知りながら同五九年五月上旬ころ、高知市△町△△番△△号の歌麿の事務所において自己の所有する右建物を毎月二五〇万円の家賃で賃貸することを承諾して前記建物を引き渡し、もつて売春を行なう場所を提供することを業とする者に、これに必要な右建物を提供し

第二  昭和五九年五月上旬ころから同六〇年五月二九日までの間、高知市△町○○番○○号所在の個室付浴場「ろまん湯異人館」(旧店名トルコソウル)において、同店の営業として、ソープガール(売春婦)と売春契約を結び、長崎ことEら数名のソープガールが、右異人館において不特定の男客を相手方として売春するに際し、その客室を貸与して売春を行なう場所を提供することを業とするものであることの情を知りながら、同五九年五月上旬ころ高知市△町△△番△△号の歌麿の事務所において自己の所有する右建物を毎月三〇〇万円の家賃で賃貸することを承諾して前記建物を引き渡し、もつて売春を行なう場所を提供することを業とする者に、これに必要な建物を提供し」

たというものであるところ、検察官は、昭和六〇年六月二六日付を以て、右第一事実につき被告人甲観光開発有限会社に対し、同第二事実につき被告人有限会社乙物産に対し、各被告会社の代表取締役である被告人Aが、各被告会社の業務に関し右各所為を行つたものとして、公訴を提起した。なお、右起訴状によれば、異人館建物は被告人有限会社乙物産の所有であるとされており、また、歌麿建物については、所有者の明示がないが、被告人甲観光開発有限会社が同建物の賃貸等の業務を営んでいた旨の記載があるので、同被告会社の所有とする趣旨であると解される。

右二通の起訴状記載の公訴事実を対比すると、同一日時場所で同一の相手方に対してなした同一建物の提供行為につき、行為者(一方は自然人としての被告人A個人、他方は各被告会社の代表者としての被告人A)、建物の所有者を異にし、互いに相容れない関係にあることが明らかであるから、原裁判所としては、検察官に対し、各起訴状記載の公訴事実につき釈明を求め、両者の間に整合性を保たせるよう、然るべき是正手段を促すべきであつたものと考えられる。この場合において、のちの起訴状記載の公訴事実に照らしてみるときは、さきの起訴状記載の公訴事実は、各被告会社の代表者としての被告人Aの行為を起訴すべきところを自然人としての同被告人の行為を起訴したものと解されるところ(そうでないとすれば、本来簡易裁判所の専属管轄に属する各被告会社に対する公訴提起につき、刑事訴訟法三条一項、九条一項二号の準用により、地方裁判所に関連事件の併合管轄を認むべき余地もないこととなる。)、同一人の行為であつても、自然人としての行為と法人の代表者としての行為とでは、事実記載、法律構成、被告人の防禦方法を異にすることが明らかであるから、これを変更するには、起訴状の訂正では足りず、訴因、罰条の変更の手続を要するものと解するのが相当である。

然るに、原裁判所は、何ら訴因変更等の手続をとることなく、判決において、次の各事実を認定した(原判示第二事実は、さきに引用した公訴事実第二と、原判示第三事実は、同公訴事実第一とそれぞれ対応するものである。)。

「被告人有限会社乙物産及び同甲観光開発有限会社は、いずれも個室付き浴場の経営、不動産賃貸等を目的とするもの、被告人Aは、両会社の代表取締役として両会社の業務全般を統括しているものであるが、

第一  (省略)

第二  被告人有限会社乙物産は、高知市△町××番××号所在の鉄筋コンクリート造陸屋根四階建の個室付き浴場用建物(延面積504.77平方メートル、以下「異人館建物」という。)を所有し、その賃貸等の業務を営んでいたところ、被告人Aは、同社の代表取締役として、同社の業務に関し、昭和五九年五月上旬ころ、高知市△町△△番△△号所在の後記歌麿建物内において、Cに対し、同人が右異人館建物内浴場で稼働する女性に売春を行う場所として提供することを業とすることの情を知りながら、同建物を賃貸し、もつて、売春を行う場所を提供することを業とする者に、これに必要な建物を提供し

第三  被告人甲観光開発有限会社は、有限会社丙観光開発から、その所有にかかる高知市△町△△番△△号所在の鉄筋コンクリート造陸屋根四階建の個室付き浴場用建物(延面積322.61平方メートル、以下「歌麿建物」という。)を賃借し、その転貸等の業務を営んでいたところ、被告人Aは、被告人甲観光開発有限会社代表取締役として、同社の業務に関し、昭和五九年五月上旬ころ、同所において、Cに対し、同人が同浴場で稼働する女性に売春を行う場所として提供することを業とすることの情を知りながら、同建物を転貸し、もつて、売春を行う場所を提供することを業とする者に、これに必要な右建物を提供したものである。」

被告人Aについてみれば、右認定事実は、各被告会社の代表者としての同被告人の行為を認定したものであることが明らかであり、さきに説示したとおり、自然人としての同被告人個人の行為を起訴した公訴事実とは事実記載、法律構成、被告人の防禦方法を異にするから、右のような認定をするについては訴因、罰条の変更の手続をとる必要があるものと解するのが相当であり、右手続を経ることなく前記各事実を認定した原判決は、訴訟手続の法令に違反したものであり、右法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点において破棄を免れない。

二両罰規定に関する法令適用の誤について

職権を以て原判決の法令の適用を査閲するに、原判決は、被告人Aの原判示第一ないし第三の各事実及び被告人甲観光開発有限会社の原判示第三の事実についての適条において、売春防止法一三条一項を挙示するのみであつて、両罰規定に関する同法一四条を掲記していない(なお、被告人有限会社乙物産の原判示第一、第二の各事実については、同法一三条一項、一四条がそれぞれ適用されている。)。

法人である被告人甲観光開発有限会社に対し、売春防止法一三条一項の罪の刑責を問うためには法人に対する処罰根拠である同法一四条を適用する必要のあることはいうまでもないのみならず、被告人Aについても、右と同様に解するのを相当とする。蓋し、同法一三条一項の罪は、犯罪主体を限定していないから、本来何人でも犯し得るものであるが、本件における建物の提供行為は賃(転)貸契約という法律行為に基づく引渡の履行としてなされているのであり、右法律行為の当事者は各被告会社であつて自然人としての被告人A個人ではない。従つて、各被告会社のなした各建物提供行為につき被告人Aの刑責を問うには、同法一四条に「その行為者を罰する」とある規定を処罰の根拠とすべきことも当然である。

従つて、原判決が、被告人A及び同甲観光開発有限会社についての適条において同法一四条を挙示していないのは法令の適用を誤つたものであり、右誤が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点においても破棄を免れない。

三原判決の破棄及び控訴棄却

よつて、原判決中被告人Aに関する部分を刑事訴訟法三九七条一項、三七九条、三八〇条により、被告人甲観光開発有限会社に関する部分を同法三九七条一項、三八〇条によりいずれも破棄し、(被告人Aについては当審において訴因、罰条の変更手続を経たうえ)同法四〇〇条但書に従い、各被告事件につき更に後記第三のとおり自判することとし、同法三九六条により、被告人有限会社乙物産の本件控訴を棄却する。

第三自判の判決

当裁判所の認定した罪となるべき事実及び被告人Aの確定裁判にかかる事実並びにこれらについての証拠は、原判決と同一である。

法律に照らすと、被告人Aの判示第一ないし第三の各所為はいずれも売春防止法一三条一項、一四条に該当するところ、同被告人には判示確定裁判があるから、刑法四五条後段、五〇条により未だ裁判を経ない判示第一の罪につき同被告人を懲役八月及び罰金二〇万円に処し、判示第二及び第三の罪につき同法四五条前段、四七条本文、一〇条、四八条二項により、懲役刑については犯情重いと認める判示第二の罪の刑に法定の加重をした範囲内、罰金刑については各罪の多額を合算した範囲内において同被告人を懲役一年及び罰金二〇万円に処し、同法一八条に則り、同被告人が右各罰金を完納することができないときは金二五〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、被告人甲観光開発有限会社の判示第三の所為は売春防止法一三条一項、一四条に該当するから、所定金額の範囲内において同被告会社を罰金二〇万円に処し、原審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を適用して、主文第四項掲記のとおり、掲記の者の連帯負担とする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官船田三雄 裁判官半谷恭一 裁判官龍岡資晃)

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